観光インフォメーション
ここでは、バスガイドがよくする話題をご紹介しています。
遠方のバスガイドさん達に役立てていただけたらなぁ~~~
越後湯沢温泉

ここ越後湯沢温泉は、約800年の歴史があると伝えられております。
新発田(しばた)(新潟県下越地方)の高橋半六(はんろく)という人が、関東へ向かう途中 この地で体の具合を悪くしてしまい、薬草を採ろうと谷へ入った際に偶然を発見したのが、湯沢温泉の始まりと伝えられております。
江戸時代には、温泉のある宿場町として、参勤交代の大名を始め武士や商人などで、賑わったのでございます。
その頃(高半ホテルのあたりは今でも湯元という地名で呼ばれるとおり)何処からともなく温泉が湧き出しており、「玉子の湯」と呼ばれる共同浴場が設けられ、湯船の中に渡した一本の丸太に頭をのせて、寝湯の様にして、長時間つかりのんびりと温泉を楽しんだそうです。
今とは趣きが違い、観光を目的としたものではなく、病気を治す湯治客がほとんどで、旅館などでは、部屋借りの自炊でしたので、共同浴場「玉子の湯」の前では、村人が大根・人参・みそ漬け・天ぷら・お菓子などを販売しておりました。
現在のように、一大温泉地の基礎が出来上がりましたのは、昭和6年に上越線が開通した事により、湯沢駅(西口)近くに大型の旅館やホテルが立ち並び たくさんの観光のお客様をお迎え出来るようになりました。
さらに、昭和10年に川端康成の小説「雪国」が文芸春秋に発表され、湯沢温泉の名前は全国的に有名になったのでございます。
その頃、十数件の旅館で収容人数400人という小さな温泉場が、それから30年後の昭和40年、温泉旅館26軒 収容人数3,000人にまで発展し、まさに観光の町 湯沢となったのです。
新潟県の表玄関口という恵まれた地理的条件から、昭和57年上越新幹線の開通 昭和60年関越自動車道の全線開通で、首都圏から最も近い雪国として、温泉地としては県下一、年間約500万人(平成19年度)のお客様をお迎えしております。
湯沢温泉総合案内所
湯沢高原アルプの里

初代のロープウェーは昭和34年に37人乗りで、スキー場を開業する為につくられたものです。
その頃からグリーンシーズンはけいかん景観を楽しめる観光スポットでしたが、
昭和55年には、高山植物園・アルプの里として、約5年の歳月のすえ完成したものです。
現在のロープウェーは平成3年、166人乗り世界最大の大きさを誇っており、
年間約24万人のお客様をお迎えしております。
パノラマステーション(山頂駅)から徒歩7分の所にございます、日本一のロックガーデンは2,500m級の自然を再現しており、年間で約1,000種もの高山植物が季節に合わせて自生しているのは、日本でもここだけでございます。
幻の青いケシ・高山植物の女王コマクサ・宮尾登美子(みやおとみこ)の小説「天涯(てんがい)の花」で「お月さんの花」と形容されたキレンゲショウマなど、今までアルピニストしか味わえなかった感動が気軽に体験できる他、澄んだ空気・輝く緑、ここには日常味わえなかったときめきがあります。
湯沢高原
大源太キャニオン

湯沢町で私が一番好きなところ「大源太キャニオン」
大源太山(L=1598)の山麓に広がる湖付近の景勝地一帯のこと。
湖に注ぐ、大源太川は、現在はサラサラとした優しい流れで、夏になりますと川遊びの子供達で賑わう所ですが、かつてはひとたび大雨が降ると全てをひと飲みにする暴れ川として、下流に住む人々を脅かしてきたそうです。
そんな中、洪水防止砂防ダム建設に伴って昭和14年に出来た人造湖が大源太湖です。
大源太キャニオンという名前の由来は、太平洋戦争後(昭和20年)に進駐したアメリカ軍が急な斜面の山容をした大源太山を「東洋のマッターホルン」と称し、湖を合わせた景観がアメリカのグランドキャニオンを思わせるので、名づけられたもの。
昭和52年には希望大橋というつり橋がかかり、湖を1周約30分で周遊できます。
四季ごとに、山野草が咲き競い、深呼吸しながらの散策は、とても気持ちがいいです!
湖は禁漁区となっている為、つり橋からえさ(1袋・\100)を撒くとウグイや鯉などの魚が物凄い勢いで集まっくるんですよ!
大源太キャニオン
苗場ドラゴンドラ

平成13年12月21日オープン。
正式名称は「苗場・田代ゴンドラ」
ドラゴンドラという愛称は、歌手の松任谷由美さんが名づけた。
世界最長5.5キロを35本の支柱で支えられ結んでおり、
日本の索道(リフトやゴンドラなどをいう)業界の限界といわれている。
南から北へとゴンドラが架かっているので、冬の北風や春の南風といった強風に強い。(東西に架かる索道は南や北風の影響を受けやすい)
一基8人乗り。
山麓駅(苗場)標高900m
山頂駅(田代)標高1410m
冬季は約15分・紅葉期は約20分の空中散策。
天候により、速度は前後しますが
早く目的地のスキー場に着きたい冬季間は早い運行
景色を楽しみたい紅葉期はゆっくり運行をしています。
乗車中、時々減速することがあります。これは、足の不自由なお客様などが乗車時にスピードを緩めたり、停止させたりするもので心配いりません。
冬の運行がメインだが、秋にも紅葉営業が行われ、昨年は約1ヶ月間の紅葉営業で
3万6千人のお客様が利用。今年はさらにたくさんの集客がある見込み。
工事期間 平成12年8月~13年11月
総工費 28億5千万円
地盤調査、測量は直接足で歩いて行ったが、支柱などの工事はヘリコプターで行った。
乗車中(行き)進行方向 右手に見える四角いスペース(写真手前)は、建設時のヘリポート。
同じく右手上に見える森林限界を超えて木の生えてない山が、花の百名山のひとつ「平標山(L=1984)」。
14番支柱を超えたところで、山の尾根を越えて 眼下の清津川辺まで急降下。
少々のスリルも味わえる。
(写真の)エメラルドグリーンの湖は、近くの二居ダムで、発電に利用されている。
鉄分を多く含む清津川の流れで、エメラルドグリーンになるといわれている。
山頂レストラン「アルム」では、濃厚ソフトクリームがおいしい。
紅葉営業時には、レンタサイクル、天然木ブランコやシーソー、ターザンロープ、湧き水、展望台、散策道がある。外で楽しむには、寒いので上着が必要!
苗場プリンスホテル
外山康雄「野の花館」

平成14年4月に「野の花館」がオープンいたしました「野の花館」は外山康雄先生の優しい水彩画で、野の花や山野草の世界をお楽しみ頂けます。
この「野の花館」の一番の見どころは、
先生のモットーとして、「モデルのないものは描かない」という主義・「写真や想像では絵を描きません」という主義を一貫しているため、毎日絵を書く先生ですから、モデルになった花と絵を同時に展示しているという事と、原画は必ず実物大の大きさで描かれているという事です。
24色の小中学生用の絵の具で描いているという原画は、様々な色と 心がやすらぐ作品に生まれ変わり、訪れるすべての人々を 癒してくれます。
忠実に再現した野の花の絵は、花や絵に気をとめることの少ない方にも、その美しさに感動を呼び起こさせ、又、幼い頃に戯れた道端の花に 再会した喜びと、花の世界の奥深さを感じて頂けることでしょう。
建物は、約300年前の江戸時代に建てられた、古民家を移築したものを、展示室として使用しており、なんとも言えないその雰囲気が、ゆったりとした時間を、過ごさせてくれるのでございます。
外山康雄「野の花館」
高千代酒造

「高千代酒造」の造るお酒は、地元の晩酌酒として人気があります。
標高1,967mの巻機山の伏流水(湧き水)を使って仕込みます。
ミネラルの多いさらっとした超軟水で、しっかりと重みのあるお酒に仕上がります。
評判のいい、この仕込み水の販売も販売しています。
高千代酒造
八海神社

八海神社は、コノハナサクヤ姫の命・クニサヅチの命・ニニギの命の三柱をお奉りしており、お参りして頂きますと、身体健全・商売繁盛などにご利益があるとして、1,200年の昔より県内をはじめ、全国各地より信者を集めて参りました。
毎年、7月1日に山開きの行事として、無病息災を祈る火渡りが行われる事で有名です。
また、参道は杉並木でおおわれ、延長約400mで育つ杉は256本、樹齢300~450年で、県の文化財・天然記念物にしていされております。
社殿の脇に小さな滝があり、そこに石で作られた男女のシンボルがございます。
この地方では、男性の厄年42歳の年に、女性も一緒に同級会を開き、その折に大きな男女のシンボルを造り、町をねり歩いて頂戴する お賽銭で夏祭りに厄除けの花火を打ち上げるという、この土地ならではの風習です。
チューリップ(県花)

小さい頃から、馴染みがありかわいくて大好き「チューリップ」日本人が好む花 さくら・バラに継ぐ3位なんだそうです。
昭和38年新潟県花に指定。平成元年、市制100周年を記念して新潟市の花に指定。「チューリップ」を県花にしているのは、新潟県と富山県と言うのは珍しいです。新潟県は、切り花栽培は全国1位です。町としての球根出荷日本一は中条町(現・胎内市)です。
日本の風土に適さないとされてきた「チューリップ」は、明治後期に、新潟県越路町(現・長岡市)で栽培が試みられ見事開花!第一次世界大戦後の大正8年から、オランダから球根を輸入して、新津市(現・新潟市)で、産業としての本格的な栽培が始まりました。当時、労働者の1日の賃金が10~20銭の時代に「チューリップ」1本5銭という高級な花でした。
「チューリップ」の球根栽培も盛んで、球根を太らせる為に開花するとすぐに花を摘み取ってしまいます。近年では、摘み取った花を無駄にしないように市民参加で行う「花絵プロジェクト」で、巨大チューリップ花絵を作成したり、「チューリップ染め」なども盛んに行われています。
12月頃から、ハウス栽培の「チューリップ」が店頭に並び、ゴールデンウィーク頃見ごろを向かえ県内各地で「チューリップ祭り」などのイベントが催されます。
海岸沿いの路肩に、赤や黄色に咲くたくさんの「チューリップ」のじゅうたんを目にすると「長い新潟の冬が明けて、本当に温かい春が来たなぁ~」とほっとします。(新潟では、桜のお花見の季節はまだ寒いので)
瓢湖(阿賀野市)

瓢湖は、江戸時代に農業用水の確保・洪水防止の為に作られた人造湖です。
昔は、大小の四角い湖が2つくっ付いてひょうたんの様な形をしていましたが、
現在は、1つの小さい湖は水田となり、四角い湖になっています。
この瓢湖に、初めて白鳥が飛来したのは昭和25年。
「白鳥の好む餌はなにか?」「どうやって与えたらいいか?」などの研究を続け、世界的にも珍しい餌付けに成功した今は亡き、吉川重三郎さんのおかげです。
白鳥は、シベリアに生息して、春産卵し秋になると北海道に集結。10月中旬から瓢湖にも飛来し3月まで冬を過ごします。
オオハクチョウは、体重6~12キロ。寿命は20~30年と言われます。
くちばしの黄色い部分が多いのがオオハクチョウの特徴。パンや麦などで餌付けすると比較的 人の近くまで寄ってきて餌をついばみます。
鼻筋のところまで黒い部分が延びているのがコハクチョウです。
コハクチョウは、とても警戒心が強く人間にはなかなか近づこうとしません。
昼間は、近くの田んぼで餌を探しに出かけて行き、夕方になるとこの瓢湖に戻って来る事が多いようです。
その警戒心の強いコハクチョウが、多く飛来してくる事が瓢湖の自慢です。
白鳥は、家族がきちんと決まっていて一緒に行動します。毎年、瓢湖を訪れる白鳥は決まっているようです。
春は瓢湖を囲むソメイヨシノ、夏のショウブ、8月はハスなどの花々が咲き競い、いつでも訪れたい瓢湖です。
個人的には、8月のハスが好きです。湖のほとりにはおしゃれなチョコレート屋さんがあり雰囲気満点です。春におたまじゃくしやかえるの卵、孔雀もいるのでゆっくりと自然観察も楽しいです。
奥只見(魚沼市)

紅葉狩りと釣り・スキーなどで、ここを訪れる観光客は年間約60万人。
水力発電としては、日本最大の奥只見発電所。
最大出力56万キロワット。
阿賀野川水系の只見川は、山間地で豪雪地。水力発電の適地として、すでに明治時代から計画が持ち上がっていた。1936年本格的にダム建設が開始。その後戦争などで中断するものの戦後ますます電気の需要が増え、開発が始まった。
銀山の開発でできていた集落があり、水没予定の世帯は38世帯。
住宅1軒100万円の時代に、1戸あたり300~700万円という破格の額を保障に当てられた。
1957年資材運搬用道路(シルバーライン)が完成。
延べ180万人を動員。最盛期には1日3700人が工事に入った。未開の山間地での工事は大変な作業となった。総工費360億円。
1990年代になると、首都圏の電気の需要が増え 奥只見ダムの増設が計画された。
この時に、天然記念物イヌワシをめぐる自然破壊が懸念されたのは有名。
イヌワシが巣にこもる11~6月は工事を中止したり、屋外施設で赤色を使わないなどの配慮があり、2003年リニューアルされ、今に至る。
東京電力と東北電力に送られている。
奥只見湖は、ダムの建設に伴ってできた人造湖。(別名・銀山湖)
総貯水量は、日本一。
熱心な釣りファンが多く、60センチ以上の大岩魚が釣れることも!
ヤマメ・ニジマス・サクラマスなども釣れる。
映画「ホワイトアウト」(2000年)
織田裕二さんが主演して、映画の「奥遠和ダム」は奥只見ダムがモデルとなっている。
しかし、ロケはほとんどが「黒部ダム」で行われた。
新潟の味覚 「甘エビ」
村上市

村上市は、国指定の史跡「お城山(臥牛山=135)」が見守る江戸時代には15万石で栄えた城下町でした。
その頃から、「三面川」を上る鮭は、都への献上品として、村上藩の財政を大きく支えてくれました。そんな大切な鮭を切腹させるわけにはいかないという意味で、村上では、鮭の腹は2ヶ所に分けて包丁を入れます。また、頭を上にすると、首をつってしますので、尾を上にして吊り下げます。村上の鮭は、とても神聖なものとして扱われ、このような手法で、鮭を干すのは全国でもここだけでございます。
国の伝統的工芸品「堆朱・堆黒」は、最初はほとんどつやがなく、使うごとに手になじみつやが出ます。たくさんの地方にある漆塗りの中でも扱いやすく長持ちする事で有名です。(中性洗剤で、ジャブジャブ洗うことができます)
日本で最も北で栽培されている「村上茶」は、日照時間の短いこの地方で栽培することで、苦味のもとになる成分タンニンが少ないので、甘みが強くでます。
また、村上のお茶屋さん(お茶葉販売店)では、どこも茶畑を所有しており、葉の摘み取りはもちろん、蒸かしなどの製造、販売までをお茶屋さんが全て行ない、正真正銘の高級自家製茶を販売しています。
そんな昔の城下町の商人の家を町屋と呼んでおり、
毎年行われる春の「町屋人形さまめぐり」秋の「町屋の屏風まつり」では、昔ながらの商人の家を回り見学することができます。
近くには、瀬波海岸と瀬波温泉があり、夏のマリンレジャーを楽しむこともできます。
村上市観光協会
朱鷺メッセ

新潟市へ来たら、一度は上って見ましょう。
ホテル・美術館・イベントホール・会議室・オフィスなどを併せた
この施設を「朱鷺メッセ」と呼んでおり、
展望室のあるノッポビルを「万代島ビル」と呼んでいます。
日本海側一の超高層ビルです。
この「万代島ビル」の高さは、140.5m
展望台は、125mに位置しており、信濃川が日本海に注ぐ様子や
弥彦・角田山など、360度の大パノラマ!
2年7ヶ月の工事期間を経て、総工費459億円をかけて
平成15年5月に完成・オープンしたもの。
(コンベンションセンター290億円・万代島ビル169億円)
信濃川のウォーターフロントに位置する「朱鷺メッセ」は、
幕張メッセなども手がけた 槇 文彦(まき ふみひこ)氏の設計で、
外観は、外との隔たりを少なくするように、ガラスを多く使用し、
館内は、空間を生かした造りになっています。
朱鷺メッセ・新潟コンベンションセンター







