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ここでは、湯沢・南魚沼の有名な場所や
バスガイドがよくする話題をご紹介しています。
遠方のバスガイドさん達に役立てて
いただけたらなぁ〜〜〜 |
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新潟県は、雪国と呼ばれ、冬を例える時はよく「半年も雪に閉ざされる」などと表現されますが、まさにその言葉どおりの豪雪地帯となっておりますのが、県南部のこの辺りでございます。
新潟市内では、1月頃、ぼたんゆき牡丹雪がフワリフワリと優しく降り始め、多いときで3〜40センチ程ですが、ここ魚沼地方は四方を2,000メートル級の山が取り囲み山の初冠雪は毎年10月の末頃、11月半ばにはサラサラとした粉雪が里にも降り始めます。
1週間もサラサラと雪が止まずに降り積もり、1晩に1メートルもの雪が積もることも珍しくありません。
一番雪の多い時期は1〜2月で、関越道の湯沢インター付近では、2、5メートル位、近年暖冬と言われますが、スキー場の山頂ではなんと5〜6メートルものせきせつりょう積雪量がございます。湯沢町には、スキー場が13ヶ所、11月末から春スキーは5月末頃まで、充分楽しめます。
昭和初期の頃は、雪が電柱の高さまで届き、郵便屋さんが、電柱をまた跨いで配達する写真が、湯沢町民俗資料館などで、見られます。
現在は、ほとんどの家が、高床でトタン屋根の自然落下式住宅へと建て代わりましたが、平屋建てで瓦屋根の家は屋根よりも雪が高く積もる為、雪の中から家を掘り出すので「雪下ろし」ではなく「雪掘り」とこの地方の人は表現します。 |
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平成13年12月21日オープン。
正式名称は「苗場・田代ゴンドラ」
ドラゴンドラという愛称は、歌手の松任谷由美さんが名づけた。
世界最長5.5キロを35本の支柱で支えられ結んでおり、
日本の策動(リフトやゴンドラなどをいう)業界の限界といわれている。
南から北へとゴンドラが架かっているので、冬の北風や春の南風といった強風に強い。(東西に架かる策動は南や北風の影響を受けやすい)
一基8人乗り。
山麓駅(苗場)標高900m
山頂駅(田代)標高1410m
冬季は約15分・紅葉期は約20分の空中散策。
天候により、速度は前後しますが
早く目的地のスキー場に着きたい冬季間は早い運行
景色を楽しみたい紅葉期はゆっくり運行をしています。
乗車中、時々減速することがあります。これは、足の不自由なお客様などが乗車時にスピードを緩めたり、停止させたりするもので心配いりません。
冬の運行がメインだが、秋にも紅葉営業が行われ、昨年は約1ヶ月間の紅葉営業で
3万6千人のお客様が利用。今年はさらにたくさんの集客がある見込み。
工事期間 平成12年8月〜13年11月
総工費 28億5千万円
地盤調査、測量は直接足で歩いて行ったが、支柱などの工事はヘリコプターで行った。
乗車中(行き)進行方向 右手に見える四角いスペース(写真手前)は、建設時のヘリポート。
同じく右手上に見える森林限界を超えて木の生えてない山が、花の百名山のひとつ「平標山(L=1984)」。
14番支柱を超えたところで、山の尾根を越えて 眼下の清津川辺まで急降下。
少々のスリルも味わえる。
(写真の)エメラルドグリーンの湖は、近くの二居ダムで、発電に利用されている。
鉄分を多く含む清津川の流れで、エメラルドグリーンになるといわれている。
山頂レストラン「アルム」では、濃厚ソフトクリームがおいしい。
紅葉営業時には、レンタサイクル、天然木ブランコやシーソー、ターザンロープ、湧き水、展望台、散策道がある。外で楽しむには、寒いので上着が必要! |
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平成14年4月に「野の花館」がオープンいたしました「野の花館」は外山康雄先生の優しい水彩画で、野の花や山野草の世界をお楽しみ頂けます。
この「野の花館」の一番の見どころは、
先生のモットーとして、「モデルのないものは描かない」という主義・「写真や想像では絵を描きません」という主義を一貫しているため、毎日絵を書く先生ですから、モデルになった花と絵を同時に展示しているという事と、原画は必ず実物大の大きさで描かれているという事です。
24色の小中学生用の絵の具で描いているという原画は、様々な色と 心がやすらぐ作品に生まれ変わり、訪れるすべての人々を 癒してくれます。
忠実に再現した野の花の絵は、花や絵に気をとめることの少ない方にも、その美しさに感動を呼び起こさせ、又、幼い頃に戯れた道端の花に 再会した喜びと、花の世界の奥深さを感じて頂けることでしょう。
建物は、約300年前の江戸時代に建てられた、古民家を移築したものを、展示室として使用しており、なんとも言えないその雰囲気が、ゆったりとした時間を、過ごさせてくれるのでございます。
外山康雄「野の花館」 |
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谷川岳の北の斜面に源を発し、上越国境の流れを集めて、新潟県の魚沼市(旧川口町)で日本一の大河信濃川に注いでおります、全長69.5kmの川でございます。
古くから、河川交通の発達はいちじるしく、ここ魚沼地方と信濃川沿岸の地域を結ぶ船の航路として利用され三国街道と共に魚野川は、この地方の、発展の柱になってきました。
現在でも流れ豊かな魚野川は魚沼地方をくまなく潤おし、米どころにはか欠くことのできない、大切な恵みの川となっております。 |
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八海山神社は、コノハナサクヤ姫の命・クニサヅチの命・ニニギの命の三柱をお奉りしており、お参りして頂きますと、身体健全・商売繁盛などにご利益があるとして、1,200年の昔より県内をはじめ、全国各地より信者を集めて参りました。
毎年、7月1日に山開きの行事として、無病息災を祈る火渡りが行われる事で有名です。
また、参道は杉並木でおおわれ、延長約400mで育つ杉は256本、樹齢300〜450年で、県の文化財・天然記念物にしていされております。
社殿の脇に小さな滝があり、そこに石で作られた男女のシンボルがございます。
この地方では、男性の厄年42歳の年に、女性も一緒に同級会を開き、その折に大きな男女のシンボルを造り、町をねり歩いて頂戴する お賽銭で夏祭りに厄除けの花火を打ち上げるという、この土地ならではの風習です。
「南魚沼市(六日町)観光協会」 |
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「高千代酒造」の造るお酒は、地元の晩酌酒として人気があります。
標高1,967mの巻機山の伏流水(湧き水)を使って仕込みます。
ミネラルの多いさらっとした超軟水で、しっかりと重みのあるお酒に仕上がります。
評判のいい、この仕込み水の販売も販売しています。
「高千代酒造」 |
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普段は、なかなか、見ることの出来ない酒蔵を
地元の酒屋さんのコネを使って見学させてもらちゃお!という
スペシャル企画!!
しかも、
ラベルどころか、商品名もない、
蔵人のみぞ知る、市販されていないお酒の試飲もあり。
その味は、酒屋さんすら、言葉を失うおいしさ。
日本酒好きはな方は、ぜひ、ご参加くださいませ♪
次回は、9月7日(金)
「高千代〜鮎のご昼食〜八海山」
お申し込みの締め切りは、8月31まで。
八海山醸造は、酒関係以外のお客さまは、立ち入ることは、出来ないので
かなり貴重なコースです!
「酒屋の酒蔵めぐり」 |
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湯沢町で私が一番好きなところ「大源太キャニオン」
大源太山(L=1598)の山麓に広がる湖付近の景勝地一帯のこと。
湖に注ぐ、大源太川は、現在はサラサラとした優しい流れで、夏になりますと川遊びの子供達で賑わう所ですが、かつてはひとたび大雨が降ると全てをひと飲みにする暴れ川として、下流に住む人々を脅かしてきたそうです。
そんな中、洪水防止砂防ダム建設に伴って昭和14年に出来た人造湖が大源太湖です。
大源太キャニオンという名前の由来は、太平洋戦争後(昭和20年)に進駐したアメリカ軍が急な斜面の山容をした大源太山を「東洋のマッターホルン」と称し、湖を合わせた景観がアメリカのグランドキャニオンを思わせるので、名づけられたもの。
昭和52年には希望大橋というつり橋がかかり、湖を1周約30分で周遊できます。
四季ごとに、山野草が咲き競い、深呼吸しながらの散策は、とても気持ちがいいです!
湖は禁漁区となっている為、つり橋からえさ(1袋・\100)を撒くとウグイや鯉などの魚が物凄い勢いで集まっくるんですよ!
「大源太キャンプ場」 |
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初代のロープウェーは昭和34年に37人乗りで、スキー場を開業する為につくられたものです。
その頃からグリーンシーズンはけいかん景観を楽しめる観光スポットでしたが、
昭和55年には、高山植物園・アルプの里として、約5年の歳月のすえ完成したものです。
現在のロープウェーは平成3年、166人乗り世界最大の大きさを誇っており、
年間約24万人のお客様をお迎えしております。
パノラマステーション(山頂駅)から徒歩7分の所にございます、日本一のロックガーデンは2,500m級の自然を再現しており、年間で約1,000種もの高山植物が季節に合わせて自生しているのは、日本でもここだけでございます。
幻の青いケシ・高山植物の女王コマクサ・宮尾登美子(みやおとみこ)の小説「天涯(てんがい)の花」で「お月さんの花」と形容されたキレンゲショウマなど、今までアルピニストしか味わえなかった感動が気軽に体験できる他、澄んだ空気・輝く緑、ここには日常味わえなかったときめきがあります。
湯沢高原 アルプの里 |
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ここ越後湯沢温泉は、約800年の歴史があると伝えられております。
新発田(しばた)(新潟県下越地方)の高橋半六(はんろく)という人が、関東へ向かう途中 この地で体の具合を悪くしてしまい、薬草を採ろうと谷へ入った際に偶然を発見したのが、湯沢温泉の始まりと伝えられております。
江戸時代には、温泉のある宿場町として、参勤交代の大名を始め武士や商人などで、賑わったのでございます。
その頃(高半ホテルのあたりは今でも湯元という地名で呼ばれるとおり)何処からともなく温泉が湧き出しており、「玉子の湯」と呼ばれる共同浴場が設けられ、湯船の中に渡した一本の丸太に頭をのせて、寝湯の様にして、長時間つかりのんびりと温泉を楽しんだそうです。
今とは趣きが違い、観光を目的としたものではなく、病気を治す湯治客がほとんどで、旅館などでは、部屋借りの自炊でしたので、共同浴場「玉子の湯」の前では、村人が大根・人参・みそ漬け・天ぷら・お菓子などを販売しておりました。
現在のように、一大温泉地の基礎が出来上がりましたのは、昭和6年に上越線が開通した事により、湯沢駅(西口)近くに大型の旅館やホテルが立ち並び たくさんの観光のお客様をお迎え出来るようになりました。
さらに、昭和10年に川端康成の小説「雪国」が文芸春秋に発表され、湯沢温泉の名前は全国的に有名になったのでございます。
その頃、十数件の旅館で収容人数400人という小さな温泉場が、それから30年後の昭和40年、温泉旅館26軒 収容人数3,000人にまで発展し、まさに観光の町 湯沢となったのです。
新潟県の表玄関口という恵まれた地理的条件から、昭和57年上越新幹線の開通 昭和60年関越自動車道の全線開通で、首都圏から最も近い雪国として、温泉地としては県下一、年間約500万人(平成19年度)のお客様をお迎えしております。 |
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南魚沼の郷土の英雄である 直江兼続公を主人公とした「天地人」が2009年のNHK大河ドラマに決定しました!!!
これって、新潟県では、上杉謙信の「天と地と」以来の快挙ですね。
電子パンフレットを制作中です。
南魚沼市電子ブックサイト
NHK大河ドラマ |
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